郡司鋳造所跡(読み)ぐんじちゆうぞうしよあと

日本歴史地名大系 「郡司鋳造所跡」の解説

郡司鋳造所跡
ぐんじちゆうぞうしよあと

[現在地名]萩市大字椿東 無田ヶ原

萩三角洲の東郊松本まつもと川下流域右岸にある。同川に注ぐ月見つきみ川の北に隣接し、周囲には伏流水がつくる泉が点在する。この水の利便の良い地を選び、毛利氏の萩城入城とともに、江戸時代の初めに鋳物師の郡司家が三田尻みたじり鋳物師いもじ(現防府市)から移住した。当初は鋤・鍬などの農具や鍋・釜および仏具の類を鋳たが、のち梵鐘や半鐘のような複雑な図様をもつ大型の鋳物器を加え、その技術の集大成として、幕末にいわゆる長州砲およびその弾丸の生産に携わった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 鋳型 近世 月見

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む