都万院(読み)つまいん

日本歴史地名大系 「都万院」の解説

都万院
つまいん

都万川流域にあったと推定される国衙領。都間とも記す。寛元四年(一二四六)九月一日の都万院四至境注記写(天健金草神社文書)に都万院とみえ、北西那具なぐ、東の加茂かも(現西郷町)両地域との境相論に決着をつけるため四至を定めている。当院は古代隠地おち都麻つま(和名抄)に設置されていた正倉を中心とする地域が、国衙に直属する独立した領域支配の単位と認められて成立したものと考えられ、その成立は一一―一二世紀頃までさかのぼると推定される。佐々木系図(続群書類従本)によると、鎌倉期の隠岐国最後の守護佐々木清高の弟三河守清顕が都万氏を名乗っており、南北朝期頃新しく都万院を与えられて隠岐に拠点を移し、都万氏を称したのであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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