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都以中 みやこ いちゅう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

都以中 みやこ-いちゅう

?-1892 幕末-明治時代の浄瑠璃(じょうるり)太夫。
江戸京橋で船宿をいとなむ。端唄(はうた)にすぐれ,また小唄「風折烏帽子(かざおりえぼし)」「空や久しく」の作者といわれる。のち一中節に転向。都派の筆頭弟子となり,都筆太夫以中を名のった。明治25年死去。本名は柴崎吉五郎。

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朝日日本歴史人物事典の解説

都以中

没年:明治25(1892)
生年:生年不詳
明治期の一中節の太夫。都筆太夫以中とも。本名は柴崎吉五郎,船宿吉川屋の主人。「吉川の藤七」とも呼ばれた端唄の名手で,「風折烏帽子」「空や久しく」はその作と伝え,のちに一中節に転向した。明治8(1875)年刊『諸芸人名録』では,一中節都派の筆頭弟子とある。清元にも優れた。

(吉野雪子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の都以中の言及

【蓼胡蝶】より

…東京に生まれ,都一以奈(いちいな)に師事した。一以奈は8世一中没後の一中節を代表した太夫で多くの小唄も残した都以中(みやこいちゆう)の愛弟子で,のち2世清元梅吉の後妻となった人。なかは小唄,一中節,清元を師より習い,18歳から小縫の名で柳橋の芸者となったが,のち小蝶と名を改めて新橋に帰った。…

【平岡吟舟】より

…90年ころから独立して平岡鉄工場を経営し,鉄道車両を製造するなど,鉄道工業の先駆者として活躍した。一方,邦楽を愛好した両親と,母方の伯父である一中節の名人都以中(みやこいつちゆう)の影響で,一中節,謡曲,清元など各種の邦楽曲に精通,河東節の山彦秀翁(11世十寸見(ますみ)河東)を後援するなどの趣味人でもあった。こうしたことから晩年は芸能に力を入れ,1902年伝統的な三味線音楽の長所をとった新歌曲を作詞,作曲し,東明節を創始した。…

※「都以中」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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