都紀女加王墓(読み)つきめかおうはか

日本歴史地名大系 「都紀女加王墓」の解説

都紀女加王墓
つきめかおうはか

[現在地名]上峰村大字坊所

下津毛(しもつけ)に至る細長い丘陵上の、標高約二五メートルに位置する前方後円墳。この辺りは上(かみ)のびゅうとよばれ、この古墳は上のびゅう塚とよばれてきたが、昭和一八年(一九四三)都紀女加王墓と治定された。同じ丘陵上の北に無名塚、くずれ塚の古墳があり、南の中(なか)のびゅう・下(しも)のびゅうにも小円墳があった。五世紀頃の築造であろうと推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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