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鄂隠慧奯 がくいん えかつ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

鄂隠慧奯 がくいん-えかつ

1366-1425 南北朝-室町時代の僧。
貞治(じょうじ)5=正平(しょうへい)21年生まれ。臨済(りんざい)宗の絶海中津にしたがって出家。明(みん)(中国)で10年修行し,帰国後,絶海の法をつぐ。応永21年鹿苑院(ろくおんいん)塔主(たっす)に任じられ,のち天竜寺住持もかねた。将軍足利義持と不和になり,土佐(高知県)の吸江庵(ぎゅうこうあん)に隠退。応永32年2月18日死去。60歳。筑後(ちくご)(福岡県)出身。諡号(しごう)は仏慧正続国師。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典 第2版の解説

がくいんえかつ【鄂隠慧奯】

1366‐1425(正平21∥貞治5‐応永32)
室町中期の五山禅僧。筑後の人。字は鄂隠,諱(いみな)は慧奯。初め大奯といった。幼にして絶海中津の門に投じ,その法を継いで夢窓派の人となる。1386年(元中3∥至徳3)入明し,行中至仁,仲銘克新などに参じた。帰国後,細川頼之に招かれて阿波宝冠寺などに住したが,1410年(応永17)3月23日相国寺,17年2月9日天竜寺に住した。その間14年6月12日に相国寺の鹿苑院に入り,僧録の業務を務めたが,18年6月12日,将軍足利義持との不和のため土佐国吸江庵に逐電してしまった。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

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