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鄭吉 ていきつZheng Ji; Chêng Chi

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

鄭吉
ていきつ
Zheng Ji; Chêng Chi

[生]?
[没]黄竜1 (前49)
中国,前漢の武将。会稽(江蘇省呉県)の人。初め兵卒として西域遠征に従軍し,宣帝のとき侍郎となって渠黎(庭州南西,輪台城東)に屯田し,車師を破った。この功によって衛司馬となり,鄯善以西の南道諸国を統轄した。当時匈奴で内紛があり,日逐王比が来降すると,鄭吉は 5万の兵をもって日逐王比を漢に送った。これ以後鄭吉の勢威は西域諸国にふるい,漢は鄭吉を南北 2道を領する西域都護騎都尉に任じ,安遠侯に封じて,烏塁城(シンチヤン〈新疆〉ウイグル〈維吾爾〉自治区庫車地方)に幕府を置き,諸国を鎮護させた。

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世界大百科事典 第2版の解説

ていきつ【鄭吉 Zhèng Jí】

?‐前49
中国,前漢の武将で初代の西域都護。会稽の人。宣帝のとき,侍郎となって渠黎(きよれい)(現在の新疆ウイグル自治区コルラ付近)に屯田し,西域諸国の兵を発して車師国を破り,その功で衛司馬となり西域南道諸国を管領した。また匈奴から漢に下った日逐王を迎えて漢に送るに及んで,その威声は西域一帯に聞こえ,ついに北道諸国をも併せて都護(南北両道を都(すべ)て護るの意)と号した。功績により安遠侯に封ぜられ,烏塁城によって西域を管理した。

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世界大百科事典内の鄭吉の言及

【漢】より

… 第10代の宣帝は内政において充実した隆盛期をもたらした皇帝であるが,外交面でも大きな足跡を残した。すなわち烏孫と同盟して匈奴を討ち,さらに匈奴に代わって北方に進出してきた羌(きよう)族(チベット種)を屈服せしめて西域との交通路を確保し,前60年(神爵2)には鄭吉を西域都護に任命して亀茲(きじ)に駐在させ,西域諸国を鎮撫させた。弱体化した匈奴はその後,内部分裂をおこし,漢に投降した呼韓邪(こかんや)単于は前51年(甘露3)に臣と称して来朝した。…

※「鄭吉」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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