酒井忠学(読み)さかい ただのり

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「酒井忠学」の解説

酒井忠学 さかい-ただのり

1809*-1844 江戸時代後期の大名
文化5年11月17日生まれ。酒井忠道(ただひろ)の7男。妻は将軍徳川家斉(いえなり)の娘喜代姫。叔父(おじ)酒井忠実(ただみつ)の養子となり,天保(てんぽう)6年播磨(はりま)(兵庫県)姫路藩主酒井家5代。産業振興ほか,教育改革にもつとめた。天保15年10月10日死去。37歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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