野久美田村(読み)のくみだむら

日本歴史地名大系 「野久美田村」の解説

野久美田村
のくみだむら

[現在地名]隼人町野久美田

国分郷真孝(しんこう)村の西にある。北部は山間部、南半は国分平野最西端の平地部からなり、南は内海(鹿児島湾)に面する。北東部を南東流する野久美田川は東端で清水(しみず)川に合流、同川は南へ流れ海に入る。南部海岸沿いを東西に日向筋が通る。天文一一年(一五四二)一二月六日の島津貴久宛行状(旧記雑録)に「大隅国之内小浜名六町・同城付怒久見田十弐町」とあり、奉公の賞として本田紀伊守(董親)に宛行われている。怒久見田は野久美田のこととされる。江戸時代には国分郷に属した。寛文四年(一六六四)の郡村高辻帳では桑原(くわはら)郡のうちに野久美田村がみえ、高三二六石余。「三州御治世要覧」には野久見田村とあり、延享(一七四四―四八)頃の高五四三石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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