野付岬(読み)のつけみさき

日本歴史地名大系 「野付岬」の解説

野付岬
のつけみさき

野付半島の先端部の呼称野付崎ともいう。だが同半島の本来の先端はより西方ノツエト岬で、ノテット岬(現ノテット島)ともいわれた。その近くにあったヤウンノツ島(現ヤウンノウ島)もともに海没している。海没の時期は明治に入ってからか。「観国録」には「ノツケノ形勢概略マヅ鉤形ノ如シ(中略)岬頭ヲオウアミト称ス。コレ鉤ノ屈曲セル尽頭ナリ」とあり、オウアミ岬と称されていた(安政三年八月二四日条)。「蝦夷日誌」(一編)などには「ノツケ岬」とみえる。また島「入北記」にみえる「キイマキの岬」も当岬をさすか(安政四年八月一二日条)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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