野栗沢村(読み)のぐりさわむら

日本歴史地名大系 「野栗沢村」の解説

野栗沢村
のぐりさわむら

[現在地名]上野村野栗沢

天丸(てんまる)山(一五〇五・八メートル)の東、神流(かんな)川支流の野栗沢の上流域に位置し、東は神原(かがはら)村(現中里村)、北は新羽(につぱ)村、西は乙父(おつち)村、南は武蔵国秩父(ちちぶ)郡中津川(なかつがわ)村(現埼玉県秩父郡大滝村)と接する。近世はおおむね幕府領。天和二年(一六八二)新羽村枝村の野栗村から、同村向いの御林が御巣鷹山となったために境目での焼畑の禁止を申入れられている(「焼畑禁止申入書」黒沢文書)。宝暦九年(一七五九)の村明細帳(同文書)によると耕地は下畑・下々畑・山畑・桑畑・楮畑・切代畑で、四町八反九畝余のうち切代畑が約四割、山畑が約二割を占める。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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