野面村(読み)のぶむら

日本歴史地名大系 「野面村」の解説

野面村
のぶむら

[現在地名]八幡西区野面・野面一―二丁目・星(ほし)ヶ丘(おか)六―七丁目

金剛(こんごう)山の西、犬鳴(いぬなき)川との合流点付近の遠賀(おんが)川中流右岸に位置する。中世の野面庄の遺称地で、近世は鞍手(くらて)郡に属した。北は遠賀郡楠橋(くすばし)村、西は木屋瀬(こやのせ)村。小早川時代の指出前之帳では田六五町二反余(分米六六九石余)・畠二七町二反余(分大豆一四三石余)、文禄三郡内知行方目録では高八一八石余とみえる。福岡藩成立後は同藩領となるが、元和九年―延宝五年(一六二三―七七)および元禄元年―享保五年(一六八八―一七二〇)は東蓮寺藩(直方藩)領であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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