金剛王院東福寺跡(読み)こんごうおういんとうふくじあと

日本歴史地名大系 「金剛王院東福寺跡」の解説

金剛王院東福寺跡
こんごうおういんとうふくじあと

[現在地名]箱根町元箱根

天平宝字元年(七五七)万巻(満願)建立と伝える箱根権現別当寺。箱根神社境内駐車場付近にあったと推定されている。

「筥根山縁起序」によれば、箱根山には万巻来山以前にも行基が建立した般若寺があり、後に東福寺と称したという。箱根山別当金剛王院東福寺累世(箱根神社文書)には東福寺別当として万巻以降の別当系図を伝えるが、確実な史書に別当名が現れるのは行実からである。「吾妻鏡」治承四年(一一八〇)八月二四日条には「爰筥根山別当行実、差弟僧永実、令御駄餉」とあり、石橋山合戦で敗れた源頼朝を助けている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

敵を欺くために、自分の身や味方を苦しめてまで行うはかりごと。また、苦しまぎれに考え出した手立て。苦肉の謀はかりごと。「苦肉の策を講じる」...

苦肉の策の用語解説を読む