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金子重右衛門 かねこ じゅうえもん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

金子重右衛門 かねこ-じゅうえもん

1749-1793 江戸時代後期の一揆指導者。
寛延2年生まれ。甲斐(かい)(山梨県)金田村の長百姓。寛政4年田安領54ヵ村の農民代表として代官所の新升(太升(ふとます))使用などによる年貢増税に反対し,綿塚村の三沢重右衛門,熊野村の鮎沢勘兵衛らとともに寺社奉行にうったえでた(太升騒動)。捕らえられて,寛政5年7月18日処刑された。45歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

金子重右衛門

没年:寛政5.7.18(1793.8.24)
生年:寛延2(1749)
江戸中期の甲斐国(山梨県)八代郡金田村長百姓。寛政4(1792)年山梨・八代郡54カ村が,田安氏の不正な検見などによる年貢増徴策に反対し,陣屋へ強訴し,また寺社奉行へ駆込訴,老中松平定信へ駕籠訴を展開した一揆の指導者。頭取として獄門の刑に処された。文久3(1863)年に金重大明神に祭られるが,それは田安氏代官の勧告によるものだと伝える。この一揆は勘定方山下治助が,年貢増徴のため不正升(太升)を考案したことを契機としたと伝えられ,太升騒動と呼ばれ,重右衛門のほかに綿塚村三沢重右衛門(獄門),熊野村鮎沢勘兵衛(死罪),南八代村矢崎惣兵衛(遠島牢死)らが義民として顕彰されている。

(保坂智)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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