金宗院跡(読み)きんそういんあと

日本歴史地名大系 「金宗院跡」の解説

金宗院跡
きんそういんあと

[現在地名]豊後高田市松行 大屋敷

泉福せんぷく(現国東町)末の曹洞宗寺院。室町―戦国期の都甲とごう庄を実質上支配した大友田原氏の支族吉弘氏の菩提寺と伝えられる。泉福末寺歴代書上帳(泉福寺蔵)によれば、泉福寺一七世蔵山融沢(永享八年没)開山とされるが、事実上の開山は二世最顕とみられている。吉弘氏は武蔵むさし(現武蔵町)内を本貫地としていたが、永享九年(一四三七)以前に都甲庄の支配権を確立しており(同年一二月一三日「藤原綱重安堵状」道脇寺文書)長岩屋の筧ながいわやのかけひ城を本拠とした吉弘氏が菩提寺として金宗院を創建した可能性は高い。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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