金山役所跡(読み)かなやまやくしよあと

日本歴史地名大系 「金山役所跡」の解説

金山役所跡
かなやまやくしよあと

[現在地名]金山町金山

金山村町方の町並ほぼ中央にあった尾張藩の川並役所。設置の時期は不明だが、近世初頭と思われる。当地での材木改は三木氏が桜洞さくらぼら(現萩原町)在城時の享禄元年(一五二八)に、飛騨川・馬瀬まぜ川・佐見さみ川より流されてくる材木を当地で集め、税として六本につき一本を取上げたのが始まりとされる。この慣行は近世も継承され、元和元年(一六一五)尾張藩領になって以後も同様に町人が請負い役所に納めた。寛永一九年(一六四二)からは綱場を置き、材木上納から代銀に改め、いわゆる六分一役銀とした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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