金本摩斎(読み)かなもと まさい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「金本摩斎」の解説

金本摩斎 かなもと-まさい

1829-1871 幕末儒者
文政12年10月28日生まれ。伊藤宜堂(ぎどう),篠崎小竹らにまなび,公卿(くぎょう)近衛家の伊丹明倫堂で11年間講義をし,尊王攘夷(じょうい)論をとなえた。明治2年の横井小楠暗殺事件で禁固3年の刑をうけ,明治4年4月2日獄死した。43歳。出雲(いずも)(島根県)出身。名は相観。字(あざな)は善郷。通称は顕蔵。別号に椒園。著作に「皇史摘詠」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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