伊藤宜堂(読み)いとう ぎどう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「伊藤宜堂」の解説

伊藤宜堂 いとう-ぎどう

1792-1874 江戸時代後期の儒者
寛政4年7月生まれ。因幡(いなば)鳥取藩家老の荒尾氏,京都の正親町三条(おおぎまちさんじょう)家につかえる。のち江戸で朝川善庵にまなぶ。天保(てんぽう)6年出雲(いずも)(島根県)塩冶(えんや)村に私塾有隣塾をひらく。文久2年鳥取藩にまねかれ,溝口郷校を創設した。明治7年2月17日死去。83歳。伯耆(ほうき)(鳥取県)出身。名は雅言。字(あざな)は俊蔵。著作に「周易包蒙(ほうもう)」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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