金生町(読み)かなふまち

日本歴史地名大系 「金生町」の解説

金生町
かなふまち

[現在地名]鹿児島市金生町きんせいちようなど

六日むいか町の南東に位置し、西はなか町、南は大黒だいこく(鹿児島県地誌)しも町一二町の一。もとは木屋きや町と称した。カナフの読みは、明治一二年(一八七九)の「鹿児島県史」、同一四年のかこしま案内(鹿児島市史)による。正徳三年(一七一三)一月当町から出火、町屋敷四一〇ヵ所・町屋一千八七二軒を焼失した(古記)。鹿児島藩主島津重豪は下町に火災が頻発するため木屋町を金生町に改めることとし、文政一二年(一八二九)春、幕府の許可を得た。これはかつて徳川光圀金生水の義を取り、水戸城下(現茨城県水戸市)町をかね町に改めたのに倣ったものという(旧記雑録)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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