釜平遺跡(読み)かまのだいらいせき

日本歴史地名大系 「釜平遺跡」の解説

釜平遺跡
かまのだいらいせき

[現在地名]熊野市久生屋町

熊野灘荒波により形成された七里御浜しちりみはま砂丘上にある遺跡。東西の幅五〇〇メートル、標高一〇メートル前後と低く、砂丘中央の高所北東より南西に国道四二号が通り、その西南側を並行して国鉄紀勢本線が走る。砂丘の南西部は低地帯で、産田うぶた川が有馬ありま池・大前おおまえ池・志原しわら池を経て志原尻しわらじりの南を志原川となり熊野灘に流れる。砂丘は黒松雑木密林であったが、終戦直前に松根油採取と食糧増産のため熊野灘に面する防風林を除き、全面的に伐採開墾された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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