釜滝村(読み)かまたきむら

日本歴史地名大系 「釜滝村」の解説

釜滝村
かまたきむら

[現在地名]野上町釜滝

西野(にしの)村の西南、流れを南に変えた真国(まくに)川の西側に位置する。この河床には大小の甌穴(ポットホール)が見られ、この地方ではこれを釜とよび、滝のような懸流になっているのが村名の起源であろう。西北の柴目(しばめ)村から鳥居(とりい)峠を越え真国川に沿って高野山に向かう街道が通り、また村内金剛(こんごう)寺の薬師に参詣する者が多く、「続風土記」は「旅舎も五、六戸あり」と記している。中世の高野山領志賀野(しがの)庄に含まれ、近世も高野山領。天保郷帳によると石高は四六石余。「続風土記」は家数三三、人数一四〇、神社として八王子社と小祠四社(弁財天社・塞ノ森ほか)を記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む