錦山城跡(読み)にしきやまじようあと

日本歴史地名大系 「錦山城跡」の解説

錦山城跡
にしきやまじようあと

[現在地名]比和町森脇

比和川と久泉原(くせんばら)川の合流点東にある錦山(八二二メートル)に構えられた中世の山城跡で、森脇元定・三十郎・市正三代の居城と伝える。森脇氏の系譜などは明らかでないが、森脇をはじめ越原谷(おつぱらだに)、さらに北方の高野山(たかのやま)組一一ヵ村(現高野町)に勢力を有していたといわれる。これらの地域は地(じび)庄北部にあたるが、山内首藤氏が地頭に補任されると、荘内各地に庶子を送り込んで勢力を扶植し、古くからこの地方に勢力をもっていた森脇氏も、山内氏の進出によって滅んだと考えられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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