錦山城跡(読み)にしきやまじようあと

日本歴史地名大系 「錦山城跡」の解説

錦山城跡
にしきやまじようあと

[現在地名]比和町森脇

比和川と久泉原くせんばら川の合流点東にある錦山(八二二メートル)に構えられた中世の山城跡で、森脇元定・三十郎・市正三代の居城と伝える。森脇氏の系譜などは明らかでないが、森脇をはじめ越原谷おつぱらだに、さらに北方高野山たかのやま組一一ヵ村(現高野町)勢力を有していたといわれる。これらの地域はじび庄北部にあたるが、山内首藤氏地頭に補任されると、荘内各地に庶子を送り込んで勢力を扶植し、古くからこの地方に勢力をもっていた森脇氏も、山内氏の進出によって滅んだと考えられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 高野山 タカ

夏の暑さに体が慣れること。数日から数十日間で起こる短期暑熱順化と、数年または数世代にかけて起こる長期暑熱順化とがある。→寒冷順化[補説]近年では、冷房設備の普及にともない短期暑熱順化が起こりにくくなっ...

暑熱順化の用語解説を読む