鎌倉山城跡(読み)かまくらやまじようあと

日本歴史地名大系 「鎌倉山城跡」の解説

鎌倉山城跡
かまくらやまじようあと

[現在地名]奈義町馬桑

菩提(ぼだい)寺の南東にある中世の山城。馬桑(まぐわ)集落から南西の山上にあり、城跡から南一帯の展望がよい。有元忠勝が建長三年(一二五一)鎌倉に行き、北条時頼から小吉野(こよしの)庄を与えられたと伝え、「東作誌」では北条時頼が廻国したとき、しばらくとどまったことから鎌倉山と称したという。同書に江原氏在城とあるのは誤伝で、江原氏は宇喜多氏の将として久米(くめ)郡に勢力があったがこの地域には拠っていないという(美作古城史)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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