鎌塚村(読み)かまつかむら

日本歴史地名大系 「鎌塚村」の解説

鎌塚村
かまつかむら

[現在地名]吹上町鎌塚一―五丁目・本町ほんちよう二―五丁目・鎌塚

新宿しんしゆく村の東、元荒川の蛇行部の北側に位置し、村の南半の自然堤防上に集落がある。北半は後背低湿地の水田地帯。栃木県日光市輪王りんのう寺が所蔵する応永三年(一三九六)一〇月一八日に書写された大般若経の巻第一〇八の奥書に「上足立郡箕田郷之内釜江塚」とあり、釜江塚を当地に比定する説がある。康安二年(一三六二)六月六日の足利基氏寄進状(教念寺文書)によると、基氏は男衾おぶすま小泉こいずみ(現大里村)地頭職および「崎西郡鎌塚郷」などの地を教念きようねん(現川本町)に寄進したというが、この史料は検討を要する。


鎌塚村
かまづかむら

[現在地名]熊野川町鎌塚

滝本たきもと村の北にあり、滝本村から流れる小口こぐち川南流(現小口川)が村内を北に流れ、東方に熊野街道中辺路(大雲取越)越前えちぜん峠がある。慶長検地高目録によると村高三二石余、小物成三・六九三石。大山組に属し、和歌山藩新宮領。近世後期の「新宮領分見聞記」によると家数二六。山間辺鄙の村であるが、近世には当村まで舟便があった(続風土記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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