鏡中条村(読み)かがみなかじようむら

日本歴史地名大系 「鏡中条村」の解説

鏡中条村
かがみなかじようむら

[現在地名]若草町鏡中条

下今井(しもいまい)村の南、御勅使(みだい)川扇状地先端から釜無川の氾濫原の平坦地に立地。東境を釜無川が南流し、同川を隔てて中郡筋山神(やまのかみ)村(現田富町)に接する。東部を油(あぶら)川が南流する。集落は釜無川の氾濫により西方の現在地に移ったとされ、加賀美中条とも記される(甲斐国志)。村域は東西一一町四四間・南北一八町七間(天保四年「村明細帳写」県立図書館蔵)。

天正一〇年(一五八二)一一月六日の徳川家印判状写(記録御用所本古文書)に「賀々美中条」とみえ、中沢主税祐は徳川氏から本給得替および重恩として当地の三〇貫文の地ほかを与えられている。翌一一年四月一九日、徳川家康は法善(ほうぜん)寺に「加賀美中条内壱貫五百文」ほかを安堵している(「徳川家康判物写」甲斐国志)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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