鐘尾村(読み)かねおむら

日本歴史地名大系 「鐘尾村」の解説

鐘尾村
かねおむら

[現在地名]温泉町鐘尾

千原ちわら村の南西にある。集落の南側を岸田きしだ川が北流し、並行して山陰道が通る。また千原村との間にやぐら越という因幡へ抜ける間道が通っていた(二方考)。「かねのお」ともよみ、鐘ノ尾とも書く(天保郷帳など)。弘治三年(一五五七)の「但馬国にしかた日記」には「かねのを 大蔵坊 同弥ひやうへ殿」などとみえる。永正一一年(一五一四)の八太庄領家分名方写(竹中家文書)には「かねをの」とみえる。江戸時代の領主変遷村に同じ。郡中惣高(福井家文書)では太閤検地高とみられる古高七九石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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