長井真琴(読み)ナガイ マコト

20世紀日本人名事典 「長井真琴」の解説

長井 真琴
ナガイ マコト

大正・昭和期の仏教学者



生年
明治14(1881)年7月28日

没年
昭和45(1970)年8月8日

出生地
福井県

学歴〔年〕
東京帝大文科大学哲学科(印度哲学要修)〔明治40年〕卒

学位〔年〕
文学博士〔大正12年〕

経歴
大正8年東京帝大文科大学講師、昭和2年助教授、9年教授となり、パーリ語インド仏教担当。17年退官。この間東洋、日本、立正各大学で講じ、京浜女子大教授も務めた。17年中央商業学校校長、32年中央商科短大学長、のち東洋大仏教学部教授。パーリ語、パーリ語聖典の権威で、高楠順次郎、水野弘元との共著のパーリ文テキスト「サマンタパーサーディカー」(全7冊)はロンドンのパーリ聖典協会から出版された世界的労作。またテキスト「独習巴利語文法」があり、著書には「根本仏典の研究」「釈迦伝」「仏教戒律の真髄」。さらにチルダースのパーリ語辞典を底本とした「日本語によるパーリ語辞典」は原稿完成のまま未出版。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「長井真琴」の意味・わかりやすい解説

長井真琴
ながいまこと
(1881―1970)

明治~昭和期のパーリ語学者、仏教学者。福井県の浄土真宗高田派の寺に生まれる。高楠順次郎(たかくすじゅんじろう)に師事し、1907年(明治40)東京帝国大学哲学科卒業。1919年(大正8)に同大学講師、1927年(昭和2)に同助教授、1934年に同教授となり、1942年までパーリ語、インド仏教を講じた。律蔵注釈書『Samantapāsādikā』(ロンドンPTS刊)の校訂者として名高い。主著に『根本仏典の研究』(学位論文)、『独習巴利(パーリ)語文法』がある。

[片山一良 2018年10月19日]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「長井真琴」の解説

長井真琴 ながい-まこと

1881-1970 大正-昭和時代の仏教学者。
明治14年7月28日生まれ。昭和9年母校東京帝大の教授となる。戦後東洋大,京浜女子大の教授もつとめた。大正13年高楠順次郎らとパーリ語仏典の律の注釈書「サマンタパーサーディカー」の校訂に着手し,30年かけて完成した。昭和45年8月8日死去。89歳。福井県出身。著作ほかに「根本仏典の研究」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「長井真琴」の解説

長井 真琴 (ながい まこと)

生年月日:1881年7月28日
大正時代;昭和時代の仏教学者。東京帝国大学教授
1970年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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