長岡神社(読み)ながおかじんじや

日本歴史地名大系 「長岡神社」の解説

長岡神社
ながおかじんじや

[現在地名]小矢部市七社

岸渡(がんど)川左岸平地に立地。祭神は草葺不合尊・天照大御神・誉田別命。近世には七社明神と称した。旧郷社。「延喜式」神名帳の礪波(となみ)郡「長岡(ナカヲカノ)神社」に比定される。古代の同郡長岡郷(和名抄)の郷名を社名としており、同郷の郷社であったと考えられている。ただし小矢部川左岸の桜(さくら)町にある桜町遺跡から九世紀頃の「長岡神□」「長岡」「祢宜」「大社祝」などの墨書銘土器が出土しており、長岡郷および式内社長岡神社の位置は検討の余地がある。至徳四年(一三八七)―応永二年(一三九五)の奥書のある新潟県小千谷(おぢや)市魚沼(うおぬま)神社所蔵の大般若経について、「新編会津風土記」は上杉謙信が越中乱入時に七社明神から横奪してきて魚沼神社に奉納したと記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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