長永寺(読み)ちようえいじ

日本歴史地名大系 「長永寺」の解説

長永寺
ちようえいじ

[現在地名]長岡市渡里町

上田町うえだまち通と渡里町わたりまち通を南北に結ぶ中寺町なかてらまち通の西側中ほどにある。浄土真宗本願寺派、西条山と号し、本尊阿弥陀如来。伝えによると、木曾義仲の末孫木曾左馬頭は信濃国西条にしじよう之郷(現長野市)西条山の城主であったが、出家して名を了珍と改め、文亀元年(一五〇一)草庵を結び、西条山長永寺と号した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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