長沢東海(読み)ながさわ とうかい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「長沢東海」の解説

長沢東海 ながさわ-とうかい

1698*-1745 江戸時代中期の儒者
元禄(げんろく)10年12月生まれ。長沢粋庵(すいあん)の長男。10歳のとき天然痘のため弟楽浪とともに失明する。父にまなび,享保(きょうほう)4年弟とともに朝鮮通信使と詩を唱和した。はじめ宇都宮藩主戸田忠真に,19年から松江藩主松平宗衍(むねのぶ)につかえた。延享2年10月18日死去。49歳。初名は総太郎。名は学,丑。字(あざな)は素位(素仁),元丁。別号に不怨斎。著作に「朝鮮対話集」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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