長田忠致墓跡(読み)おさだのただむねはかあと

日本歴史地名大系 「長田忠致墓跡」の解説

長田忠致墓跡
おさだのただむねはかあと

[現在地名]東山区南木之元町

長田塚おさだづかともいい、四尺ばかりの石塔が二基並んだ小さな塚があったという。「山州名跡志」(正徳元年刊)は「長田首塚、今ハ無シ、其ノ所、白川橋ノ西三町三条ノ南二条ふたすじニアタル。街南方人家ノ後也」とし、さらに「初メ塚ノ上ニ莢ノ古木アリ。仍テ其ノ東三条及其ノ南ヲ莢町ト云フ」とする。尾張国智多ちた内海うつみの長田庄司忠致は、源家の相伝の家人(平治物語)であったが、平治二年(一一六〇)正月、平治の乱に敗れて東国へ落ちる途中立寄った主君の源義朝を殺害。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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