長田忠致墓跡(読み)おさだのただむねはかあと

日本歴史地名大系 「長田忠致墓跡」の解説

長田忠致墓跡
おさだのただむねはかあと

[現在地名]東山区南木之元町

長田塚おさだづかともいい、四尺ばかりの石塔が二基並んだ小さな塚があったという。「山州名跡志」(正徳元年刊)は「長田首塚、今ハ無シ、其ノ所、白川橋ノ西三町三条ノ南二条ふたすじニアタル。街南方人家ノ後也」とし、さらに「初メ塚ノ上ニ莢ノ古木アリ。仍テ其ノ東三条及其ノ南ヲ莢町ト云フ」とする。尾張国智多ちた内海うつみの長田庄司忠致は、源家の相伝の家人(平治物語)であったが、平治二年(一一六〇)正月、平治の乱に敗れて東国へ落ちる途中立寄った主君の源義朝を殺害。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む