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長町竹石 ながまち ちくせき

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美術人名辞典の解説

長町竹石

江戸後期の画家。讃岐生。名は長・張、竹石は号。建部凌岱の門に学び、沈南蘋の画風を慕い、一家を成す。山水画を能くする。釧雲泉・大窪詩仏等と親交する。野呂介石・僧愛石と共に三石と称された。文化3年(1806)歿、49才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

長町竹石 ながまち-ちくせき

1757-1806 江戸時代中期-後期の画家。
宝暦7年1月29日生まれ。池大雅(いけの-たいが),建部綾足(たけべ-あやたり)に私淑し,清(しん)(中国)の沈南蘋(しん-なんぴん)の画法を研究して一派をなした。山水画にすぐれ,野呂介石(のろ-かいせき),僧愛石(あいせき)とあわせて三石といわれた。文化3年8月15日死去。50歳。讃岐(さぬき)(香川県)出身。名は徽。字(あざな)は琴翁。通称は徳兵衛。別号に黄陵,琴軒,文暉。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

長町竹石

没年:文化3.8.15(1806.9.26)
生年:宝暦7(1757)
江戸後期の南画家。名は徽。通称徳兵衛。字は文暉,のち琴翁。竹石,琴軒と号した。讃岐(香川県)高松の人。生家は薬種商。画は建部凌岱に師事。のち藍瑛,沈南蘋などの中国画を学ぶ。京坂,江戸の文人墨客と広く交流し,野呂介石,僧愛石とあわせて三石と称せられる。

(武田光一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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