長船騏郎(読み)オサフネキロウ

デジタル大辞泉 「長船騏郎」の意味・読み・例文・類語

おさふね‐きろう〔をさふねキラウ〕【長船騏郎】

[1924~2007]岡山の生まれ。日本学生野球協会運営に携わり、明治神宮野球大会などの開催を手がけた。また、選抜高等学校野球大会の選考委員を務めるなど、学生野球の発展尽力全日本アマチュア野球連盟結成にも取り組み、プロ野球界とアマチュア野球界の交流に貢献した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「長船騏郎」の解説

長船騏郎 おさふね-きろう

1924-2007 昭和後期-平成時代のアマチュア野球功労者。
大正13年1月30日生まれ。早大時代は捕手として活躍。繰り上げ卒業し,昭和19年出征。日冷商事勤務をへて,27年学生野球指導委員会(現・日本学生野球協会)にはいる。平成13年全日本アマチュア野球連盟専務理事。16年アテネ五輪では長嶋茂雄監督の誕生に尽力し,チーム団長となる。19年全日本アマチュア野球連盟会長。平成19年9月10日死去。83歳。24年特別表彰で野球殿堂入り。岡山県出身。

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