長虹堤
ちようこうてい
首里と浮島であった那覇を結ぶための海中道路で、泊村の崇元寺前の安里橋から若狭町村のイベガマ前の間に架設されていた。冊封使録などには長虹橋ともみえる。「琉球国由来記」によると、築造は景泰三年(一四五二)とされる。同年冊封使が渡来したが、それに先立って尚金福王が国相の懐機に命じて築造させたという。従来、冊封使渡来に際しては那覇と崇元寺間の海に船を集めて橋の代りとしていたため、架橋が必要となっていた。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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