長谷部恕連(読み)はせべ よしつら

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「長谷部恕連」の解説

長谷部恕連 はせべ-よしつら

1818-1873 幕末の武士。
文化15年2月4日生まれ。越前(えちぜん)福井藩士。目付,勘定奉行,寺社奉行などを歴任。横井小楠(しょうなん)の富国策に共鳴し,藩政改革につくす。前藩主松平慶永(よしなが)が政事総裁職につくとこれを補佐。慶応4年笠松(かさまつ)県知事,明治4年岐阜県令。明治6年11月17日死去。56歳。本姓は加賀。通称は吉之助,のち甚平。号は菊陰。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む