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開明門院 かいめいもんいん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

開明門院 かいめいもんいん

1717-1789 江戸時代中期,桃園天皇の生母。
享保(きょうほう)2年7月18日生まれ。姉小路実武(さねたけ)の娘。桜町天皇につかえて典侍(ないしのすけ)となり,寛保(かんぽう)元年皇子(桃園天皇)を生む。宝暦13年(1763)桃園天皇の生母のゆえに,准三宮をうけることなく,院号をさずけられた。のち出家。寛政元年9月22日死去。73歳。名は定子。

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朝日日本歴史人物事典の解説

開明門院

没年:寛政1.9.22(1789.11.9)
生年:享保2.7.18(1717.8.23)
江戸中期の后妃。桃園天皇の生母。姉小路実武の娘。名は定子。東宮(桜町天皇)上臈として勤仕。桜町天皇の践祚に伴い,その後宮に入って典侍となり,皇子(桃園天皇)を儲ける。桃園天皇が践祚すると,従三位に叙せられ,また大典侍として奥向きを取り締まった。三位局とも称される。桃園天皇の急死後,その処遇が朝幕間の懸案となった。同天皇が青綺門院を「実母」としていたためである。結局,准三宮を経ないで院号宣下を受け開明門院となるが,これは歴史上,稀有な例である。またこの折,幕府から毎年米1000俵が進上されることに決まった。その後,剃髪して法名を哲堂という。墓所は京都清浄華院

(久保貴子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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