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間の川又五郎 あいのかわ またごろう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

間の川又五郎 あいのかわ-またごろう

1815-1875 江戸後期-明治時代の侠客(きょうかく)。
文化12年生まれ。関東,信越,近畿などで博徒の喧嘩(けんか)に加勢し,名をあげる。のち信濃(しなの)(長野県)中野で代官にさとされ改心,定住して目明かしとなる。明治3年におきた世直し一揆(いっき)の中野騒動では首謀者らの探索にあたり,その功により中野県の職員となった。明治8年12月25日死去。61歳。上野(こうずけ)(群馬県)出身。姓は佐山。

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朝日日本歴史人物事典の解説

間の川又五郎

没年:明治8.12.25(1875)
生年:文化12(1815)
幕末維新期の博徒。上野国(群馬県)生まれ。上州,東海,近畿,信越を旅して,各地の喧嘩で名をあげる。のち八州廻りの取り締まりが厳しくなった関東を離れ,嘉永3(1850)年ごろ信州中野の代官の説諭を受けて改心,上条河原に定住して旅籠屋を営むかたわら目明かしとして活躍する。贋札犯の捕縛や,明治3(1870)年の中野騒動(農民一揆)の主謀者らの探索と捕縛に従事する。その功績によって中野県庁の職員に任じられ,同県が長野県に合併されたのちも探索方を勤め,3等付属に昇進した。生前に自叙伝を著した。<参考文献>山本金太『二足わらじ間の川又五郎

(正延哲士)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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