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侠客 きょうかく

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

侠客
きょうかく

中国において,義侠心をもって人の窮境を救う武力集団を呼んだ呼称。司馬遷は『史記』の「遊侠列伝」に侠客の伝を記載している。日本では市井無頼の徒「やくざ者」に対する美称として用いられ,中国のそれとは一致しない。日本においての,いわゆる侠客の始りは江戸時代初期以降で,異装をなして市井を横行,かぶき者 (傾く,すなわち放埒な行いをなす者の意) あるいは六法者,町奴と呼ばれた。彼らは侠気 (おとこぎ) を立てるの意で「男伊達」と自称したが,実態は市民層への寄生虫的存在にすぎず,幕府による取締りの対象とされた。多くは賭博,けんか渡世などを仕事とし,親分子分の関係を保っていた。江戸時代末期になると,幕府の勢力の衰えとともに,農村部にも多くの博徒が生れ,彼らをも侠客と称した。 (→旗本奴 )

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百科事典マイペディアの解説

侠客【きょうかく】

侠気のある人,おとこ気のある人を意味するが,日本では〈弱きを助けて強きをくじく〉と称して義侠・任侠を建前に,喧嘩賭博(とばく)を渡世とし,親分・子分の関係で結ばれていた遊び人をこの名で呼んだ。
→関連項目清水次郎長丹前風

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デジタル大辞泉プラスの解説

侠客

池波正太郎の時代小説。1979年刊行。侠客、幡随院長兵衛の生涯を描く。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

侠客
きょうかく

任侠に生きる者。この発生の源を尋ねると室町時代にさかのぼり、上方(かみがた)地方に異装をした遊侠無頼の徒が出現していた。「かぶき者」といわれ、人目に触れる風俗、行為を好み、常軌を外れた行動と伊達(だて)者たることを誇りとした。徳川封建時代になると、禄(ろく)を離れた多数の浪人ができた。その社会の内蔵する矛盾に対し、体制に反抗する姿勢の者が多くなり、「強きをくじき弱きを助ける」とか「一諾千金より重し」として義侠、遊侠の行為をする者が増えたが、これらを総称して侠客という。義侠心は人間だれにも大なり小なり存在する感情で、時と場合によっては自分を捨てても他人を助けたいとするものであって、義侠に生きる者こそが本当の侠客であるが、遊侠に暮らす連中は似て非なるものである。しかし一般にはこの概念が混在して使用され、江戸初期に発生した旗本奴(やっこ)、それに対抗して出現してきた町奴をみても、一面に侠的行為があってもその反面には正義の軌道をそれて狼藉(ろうぜき)に及ぶ無頼の徒でもあった。旗本奴の首領水野十郎左衛門が1664年(寛文4)切腹させられてから両者の横行は終息し、それ以後「人入れ」なる職業など親分たるにはどうしても自覚心のある侠客肌の者であることが必須(ひっす)要件で、この種の親分はたいてい侠客とよばれた。博徒をも侠客という呼び方をしているが、侠客なる語には道徳的意義があるに反し、博徒は全然異質な遊民であり、侠気と暴力が乱暴狼藉に走る無法者であって真の侠客とはいえない。[稲垣史生]

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