関戸院跡(読み)せきどのいんあと

日本歴史地名大系 「関戸院跡」の解説

関戸院跡
せきどのいんあと

[現在地名]島本町山崎一丁目

摂津・山城国境に設けられた関に付属して建てられた施設で、貴族の旅宿などにあてられた。関外院とも記す。現在の関大明神社の鎮座地辺りにあったという。関の設置・廃止時期は不明だが、弘仁九年(八一八)頃成立の「文華秀麗集」に収められた、河陽かやすなわち山崎を中心として詠んだ河陽十詠の一に「故関柝罷みて人煙稀らなり、古荒涼楊柳を余す」(原漢詩)とみえ、この頃には廃関となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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