関昌寺(読み)かんしようじ

日本歴史地名大系 「関昌寺」の解説

関昌寺
かんしようじ

[現在地名]阿南町富草字野上林

遠州往還に面して位置する。曹洞宗、医王山と号す。本尊薬師如来

天正一二年(一五八四)三月、下条康長が父信正(法名一無祖関)菩提のために建立した寺院で、開基は下条康長、開山は瑞光院第三世浮翁全膳(関昌寺文書)。かつては郡内有数の寺院であったが、嘉永四年(一八五一)火災のため焼失し、史料・文化財等みるべきものがない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

《料理されるためにまないたにのせられた魚の意から》相手のなすに任せるより方法のない運命のたとえ。まないたの鯉こい。[類語]俎板まないたの鯉こい・薬缶やかんで茹ゆでた蛸たこのよう・手も足も出ない...

俎上の魚の用語解説を読む