関東村(読み)せきひがしむら

日本歴史地名大系 「関東村」の解説

関東村
せきひがしむら

[現在地名]関町関東

東南境に二城にじよう(三一九メートル)、北西境に大津おおつ(二五六・一メートル)、北部を楮原かごはら川が西流する。東は吉地よしじ(現三加和町)、西はせき町、南は小原こばる村と接し、西部を豊前街道が抜ける。寛文九年(一六六九)の「一統志」に「東村」とあり、関町など五ヵ村を南関というとある。元禄国絵図に「関村之内関東村」とあり、関村からの分村。近世は南関手永に属する。「国誌」に「高五百一石余、笛鹿村福山村萩谷村前原村井上村堀池苑村等小村アリ」と記す。文政五年(一八二二)の南関手永略手鑑によると田二八町九反三畝余・畑二八町八反九畝、竈数一四七・人数六七九、馬一〇八、質屋二・造酒屋一・濁酒屋一がいる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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