20世紀日本人名事典 「関桂三」の解説 関 桂三セキ ケイゾウ 大正・昭和期の実業家,俳人 元・東洋紡績会長。 生年明治17(1884)年1月3日 没年昭和38(1963)年5月2日 出生地奈良県山辺郡丹波市町(現・天理市) 出身地奈良県 旧姓(旧名)森田 別名俳号=関 圭草(セキ ケイソウ) 学歴〔年〕東京帝大法科大学独法科〔明治41年〕卒 学位〔年〕経済学博士 経歴大阪紡績(のち東洋紡績)に入社し、常務、専務、副社長を歴任し、昭和18年退社。戦時中は繊維統制会会長をつとめ、戦後25年東洋紡績に復帰し、会長。32年相談役となる。俳人としても知られ、5年より高浜虚子に師事し、9年「ホトトギス」同人となる。同年俳誌「桐の葉」を創刊、のち主宰し、句集に「春日野」がある。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「関桂三」の解説 関桂三 せき-けいぞう 1884-1963 大正-昭和時代の実業家。明治17年1月3日生まれ。東洋紡績副社長をへて昭和18年繊維統制会会長,大阪商工経済会会頭。25年東洋紡績に復帰,会長となる。関西経済連合会会長。俳人としても知られた。昭和38年5月2日死去。79歳。奈良県出身。東京帝大卒。旧姓は森田。俳号は圭草。著作に「日本綿業論」。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by