関直彦(読み)セキ ナオヒコ

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「関直彦」の解説

関 直彦
セキ ナオヒコ


肩書
貴院議員(勅選),衆院副議長

生年月日
安政4年7月16日(1857年)

出身地
和歌山県

学歴
東京大学法科〔明治16年〕卒

経歴
福地源一郎の日報社に入り、明治21〜25年社長。23年以来和歌山から衆院議員当選10回、31年憲政本党、以後立憲国民党、革新倶楽部革新党に属した。大正元〜4年衆院副議長。明治25年弁護士となり大正12年東京弁護士会長。昭和2〜9年勅選貴院議員、7年安達謙蔵らと国民同盟結成。英国宰相ビーコンスフィールドの「コニングスビー」を「政党余談春鴬囀」として翻訳著書「七十七年の回顧」がある。

没年月日
昭和9年4月21日

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

20世紀日本人名事典 「関直彦」の解説

関 直彦
セキ ナオヒコ

明治〜昭和期の政治家,翻訳家 貴院議員(勅選);衆院副議長。



生年
安政4年7月16日(1857年)

没年
昭和9(1934)年4月21日

出身地
和歌山県

学歴〔年〕
東京大学法科〔明治16年〕卒

経歴
福地源一郎の日報社に入り、明治21〜25年社長。23年以来和歌山から衆院議員当選10回、31年憲政本党、以後立憲国民党、革新倶楽部、革新党に属した。大正元〜4年衆院副議長。明治25年弁護士となり大正12年東京弁護士会長。昭和2〜9年勅選貴院議員、7年安達謙蔵らと国民同盟結成。英国宰相ビーコンスフィールドの「コニングスビー」を「政党余談春鴬囀」として翻訳、著書「七十七年の回顧」がある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「関直彦」の解説

関直彦 せき-なおひこ

1857-1934 明治-昭和時代前期の政治家。
安政4年7月16日生まれ。東京日日新聞にはいり,福地桜痴の後をうけ社長となる。のち東京で弁護士を開業。明治23年衆議院議員(当選10回)。衆議院副議長。非政友会系の政党政治家として活躍した。東京弁護士会会長,貴族院議員。昭和9年4月21日死去。78歳。江戸出身。東京大学卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「関直彦」の解説

関 直彦 (せき なおひこ)

生年月日:1857年7月16日
明治時代-昭和時代の政治家。衆議院議員;貴族院議員
1934年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の関直彦の言及

【東京日日新聞】より

…明治前期には岸田吟香末松謙澄らも活躍した。80年前後からの政府批判の高まりとともに御用新聞批判が強まり,しだいに勢力を弱め,88年福地は社長の座を関直彦(1857‐1934)に譲り,退社した。関はそれまでの御用新聞主義から中立主義に切りかえ,紙面を刷新して,大幅に部数を伸ばしたが,内外の策動で91年に退任し,伊東巳代治が社長となった。…

※「関直彦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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