関蕉川(読み)せき しょうせん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「関蕉川」の解説

関蕉川 せき-しょうせん

1793-1857 江戸時代後期の儒者
寛政5年11月生まれ。豊後(ぶんご)(大分県)の人。帆足万里(ほあし-ばんり)に入門。のち大坂の関居易斎にまなび,その養子となる。天保(てんぽう)3年豊後日出(ひじ)藩につかえ,5年家老となった。安政4年6月12日死去。65歳。本姓小山。名は勝之。字(あざな)は子克。通称は準平,素平。著作に「四書註」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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