日本歴史地名大系 「阿瀬波」の解説
阿瀬波
あせば
[現在地名]西区井口三―四丁目付近
天文一〇年の前記下知条々に「三月十五日御戸開之節会、前々者神主倉下行歟、雖然既阿瀬波納銀廿五貫文此内興藤受用拾貫文加之為此足付収納之上者、向後無相違速令収納、当御祭礼可有執行之由、政所公文雑掌等ニ被仰付之」とみえる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
天文一〇年の前記下知条々に「三月十五日御戸開之節会、前々者神主倉下行歟、雖然既阿瀬波納銀廿五貫文此内興藤受用拾貫文加之為此足付収納之上者、向後無相違速令収納、当御祭礼可有執行之由、政所公文雑掌等ニ被仰付之」とみえる。
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