陰田横穴群(読み)いんだよこあなぐん

日本歴史地名大系 「陰田横穴群」の解説

陰田横穴群
いんだよこあなぐん

[現在地名]米子市陰田町

陰田集落西側の北東に延びる標高二〇メートルから三〇メートルの丘陵の南斜面に造営された、鳥取県下最大規模の横穴群。昭和五七年(一九八二)に国道九号米子バイパス工事に先立ち発掘調査された。字林(はやし)ノ前(まえ)に所在する四二基と字久幸(きゆうこう)に所在する八基の二支群からなり、六世紀後葉から七世紀前葉にかけて造営されている。形態は丸天井形、断面三角形妻入、同平入の三タイプがみられ、玄室内に石棺や須恵器大甕を砕いて敷きつめた屍床をもつものもある。時期的には丸天井タイプが先行して造営されている。玄室規模は最大のものが第一一号横穴で、奥行二・六七メートル、幅二・二六メートル、高さ一・九五メートル。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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