陽徳寺裏山古墳群(読み)ようとくじうらやまこふんぐん

日本歴史地名大系 「陽徳寺裏山古墳群」の解説

陽徳寺裏山古墳群
ようとくじうらやまこふんぐん

[現在地名]関市千疋 裏山

長良川右岸、臨済宗妙心寺派陽徳寺の裏山の尾根に立地。裏山は東側と西側に二分され、七基の東支群と一二基の西支群からなる。東支群のうち、伊勢湾台風によって崩れた崖面に露出した二号・三号墳は昭和三九年(一九六四)に発掘調査が行われ、上下に近接した二つの石室のうち、時期の古い小さな下の石室(小児用か)からは骨片を検出。西支群の一号墳は同一三年頃に丘陵地帯に散在する川原石採集の際に発見され、遺物のみの発掘が行われた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む