隼人村(読み)はやとむら

日本歴史地名大系 「隼人村」の解説

隼人村
はやとむら

[現在地名]香住町隼人

佐津さづ川を挟んで上岡かみおか村の対岸西方に位置し、豊岡から香住を経て因幡国に至る往来(但馬浜街道)が通る。南ははた村。早渡とも書いた(宝永三年出石藩所替書類など)。弘治三年(一五五七)の「但馬国にしかた日記」に「さすのはいとう村」とみえるのは、佐津の隼人村の意と思われ、地内には谷垣殿ほかが住していた。近世領主変遷九斗くと村に同じ。正保(一六四四―四八)頃成立の国絵図に村名がみえ、高一七二石余。宝永三年(一七〇六)差出帳(隼人区有文書)には早渡村とあり、高一五四石余、家数二六・人数一五一、牛二一。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

貨幣 (名目) 賃金額を消費者物価指数でデフレートしたもので,基準時に比較した賃金の購買力を計測するために用いられる。こうしたとらえ方は,名目賃金の上昇が物価の上昇によって実質的には減価させられている...

実質賃金の用語解説を読む