雄国新田村(読み)おぐにしんでんむら

日本歴史地名大系 「雄国新田村」の解説

雄国新田村
おぐにしんでんむら

[現在地名]喜多方市熊倉町(くまぐらまち)雄国(おぐに)

会津盆地の北東縁、雄国山の西斜面に点在する十数余の小集落からなる新田村で、万治三年(一六六〇)大塩(おおしお)村(現北塩原村)の大塩平左衛門によって開かれた。小沼組(古くは大塩組)に属し、西は金沢(かねざわ)村・小沼(おぬま)村・高柳(たかやなぎ)村、南は常世(とこよ)村(現塩川町)、北は関屋(せきや)村(現北塩原村)。「新編会津風土記」が小名としてあげる南から順に七本木(しちほんぎ)・本林(ほんばやし)・葦平(あしだいら)(芦平)・獅子沢(ししざわ)の四集落が中心的な集落をなす。この四集落にはさらにまた小名があり、中七本木・川前(かわまえ)・桑沢(くわのさわ)・三屋(みつや)を七本木の、八木沢(やぎさわ)を本林の、萩平(はぎだいら)・中丸(なかまる)を葦平の、森代(もりだい)(森台)・沢(さわ)・蟹沢(かにさわ)・隠里(かくれざと)・小沼沢(おぬまざわ)を獅子沢の各小名としてあげる。また肝煎も七本木・本林・葦平・獅子沢の四地区に一人ずつ計四名がいた(安永二年「御郡中村日記」など)。

平左衛門は加藤氏が会津藩主であった時代、一〇〇石を給せられて大塩組のうち数ヵ村を支配する代官役を勤めていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報