日本歴史地名大系 「雄国新田村」の解説
雄国新田村
おぐにしんでんむら
[現在地名]喜多方市熊倉町 雄国
会津盆地の北東縁、雄国山の西斜面に点在する十数余の小集落からなる新田村で、万治三年(一六六〇)
平左衛門は加藤氏が会津藩主であった時代、一〇〇石を給せられて大塩組のうち数ヵ村を支配する代官役を勤めていた。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
会津盆地の北東縁、雄国山の西斜面に点在する十数余の小集落からなる新田村で、万治三年(一六六〇)
平左衛門は加藤氏が会津藩主であった時代、一〇〇石を給せられて大塩組のうち数ヵ村を支配する代官役を勤めていた。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...