難波島村(読み)なんばじまむら

日本歴史地名大系 「難波島村」の解説

難波島村
なんばじまむら

[現在地名]大正区三軒家東さんげんやひがし三丁目

木津きづ川の中洲難波島にあり、北は今木いまき新田、東は木津川を挟んで難波なんば(現浪速区)材木置場。もと当村はこの材木置場と同一中洲で萩島・葦島・葭島・木津島などと称され、慶長年間(一五九六―一六一五)にはわずか五戸の民家しかなかったという(大阪府全志)。寛永年間(一六二四―四四)難波村の氏原甚左衛門が地代銀を納めて開発、以後難波島地子ともよばれ、代々氏原氏が所有した(西成郡史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む