日本歴史地名大系 「雨境峠」の解説 雨境峠あまざかいとうげ 長野県:北佐久郡立科町芦田村雨境峠[現在地名]立科町白樺高原蓼科(たてしな)山西北麓、現白樺(しらかば)高原にあり、佐久の川西(かわにし)地方(現浅科村・望月町・立科町・北御牧村)と諏訪の山浦(やまうら)地方(現茅野市)とを結ぶ要地で、付近には塞の河原(さいのかわら)・与惣塚(よそうづか)・中(なか)与惣塚などの古跡がある。一帯は勾玉原(まがたまはら)・鈴の原(すずのはら)ともよばれ、上代祭祀関係の石製模造品多数が出土している。蓼科牧場・女神(めがみ)湖にも近い。雨境の呼称がいつから使われたか明らかでないが、春日(かすが)(現望月町春日)側からの呼称である役(えん)ノ行者越(ぎようじやごえ)は、「三河物語」天正一〇年(一五八二)七月「あ志た小屋へあてゝ、其寄ゑんのぎやうじやへ出て」とみえる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報